正義と洗脳の恐ろしさ
暴力的な暑さが続いておりますが、皆さま、健やかにお過ごしでしょうか。
さて、4月から7月は私も暴力的な忙しさで休みも思うように取れず…(泣)
こんなんじゃあ、ダメだ!と、弾丸!鹿児島旅行へ行って参りました。
終戦記念日も間近な中、南九州市知覧町にある『知覧特攻平和会館』を訪れました。
第二次世界大戦末期、戦況が劣勢となった旧日本軍が、本土防衛の最前線となっていた沖縄を死守するため、特別攻撃隊『特攻隊』が結成されました。
爆弾を抱えた航空機もろとも敵艦に体当たりし打撃を与える戦法で、20歳前後の若い男性が特攻隊員となりました。
燃料は片道分、生きて戻ってくることは不名誉とされ決して許されず、まさに必死…。
この、南九州市知覧町からも多くの特攻兵が沖縄に向けて飛び立ったそうです。
知覧特攻平和記念館には、そんな自身の命を犠牲にした多くの特攻兵達が、家族や大切な人達に向けて書いた手紙や遺書がたくさん展示されています。
正直なところ、死を覚悟した多くの若い特攻兵達の複雑な思いの詰まった手紙や遺書を読めば、涙が溢れて仕方がないのではないか…と少々不安に思っていたのですが…
実際、訪れてみて溢れたのは、苦しいほどの胸の痛みと言いようのない『怒り』でした。
何故、こんな惨たらしく残酷な特攻作戦という戦法に、疑問の声を上げる日本人はいなかったのか…
いや、恐らく疑問には感じていたけれどもそれを許さなかった風潮があったのだろうか…
こんな残酷な作戦で多くの兵士を出撃させた国など、他に例はないのではないだろうか…
などと考えていると、怒りが沸々と込み上げてきました。
また、この様な悲しい歴史を美化したくはないと感じました。
日本人は世界一、人の顔色を伺う人種だと聞きます。
また、比較的、洗脳されやすい人種だとも聞きます。
そんな日本人の性格的・文化的なことも合わさり、終戦の日まで一年近くもこんな惨たらしい特攻作戦が続けられたのではないかと感じます。
格好つける訳ではありませんが、私は月並みに世界平和を望んでいます。
戦争もなくなればいい、人々の怒りも悲しみもこの世からなくなればいいと日々感じております。
世界的に問題視されているテロ。
テロの犠牲になった人々のニュースを聞く度、心苦しく感じております。
ただ、テロを起こす人々もまた、恐らく己の正義のために戦っているのだと思います。
正義と洗脳。
改めて、その恐ろしさと、真の世界平和とは何だろうかと深く考えさせられました。